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記憶のかけら、今だから・・・

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残酷な歳月・・・(小説)

眼も耳も元気だった頃に書いた作品です、せっかく書いた物だからと、家人のすすめと手助けで載せてみました、御読み頂ければ嬉しいです。
今の私は自分で読み返しが出来ず、残しておいた資料のままですので、理解出来ないところもあるかもしれませんが・・・
いくつかの小説や詩など書き残せた事はとても幸せで、生きる力になっています!!!


<残酷な歳月>
(1)
人は生きている限り時間と言う、眼に見えない存在が人間を支配して、喜びや感動、そして苦しめもする、それは人間がこの世に誕生して心を持ち、文明による発展と感情を支配された瞬間だ!
科学、文明、人間、思想、そのすべてにおいて争う事が私はこの愚かさが信じられない悲しみに思える!
ごく普通の人々が、突然の耐え難い悲劇にあいながらも、声を出せずに泣き、涙を流し、この生きる世界でどれだけの人が苦しみ、悲しめば、神は、残酷な時間を止めて、悲しみの涙を、喜びの笑顔に変えてくれるのでしょうか!
過ぎて行った時間や歳月を取り戻す事は出来ない!
神が定めた運命なのだろうか、今、はじまろうとしている出会いを、ひとり、いや、ふたりの男がたどる、どうする事も出来ない運命、『残酷な歳月』

<再びの愛>
ジュノは成田空港へ急いでいた、加奈子を迎えるために車を走らせながら、一年ぶりに逢える加奈子の笑顔を想いながら、可笑しいくらいに、はやる心で華やぐ・・・

お互いの仕事の関係と忙しさから、日本とアメリカに住むふたりは、お互いの立場を尊重して、出逢い、愛し合いながらも、長い時間が過ぎた今でも、「結婚」の言葉を口にする事は一度も無かった。

ロスからの飛行機は少し遅れて着いたが、お互いを求めて抱きしめあいながら、心がひとつになり幸せな瞬間だった。
今日からほんの数日間、ふたりの貴重な時間を共に過ごす、愛しあえる時間を楽しむ、ただその事だけを考えた・・・

「ああ~私、今、日本にいるのね~」
「ジュノさん、元気でいてくださって、うれしいわ~」

いつもとはちがった、加奈子はこんなふうに気遣った言葉で会話する事は珍しい、やはり、長すぎる逢えない時間がぎこちなくさせているのだろうか・・・

ジュノは今回の休暇をふたりで過ごす予定をまだ、加奈子には何も話してはいなかった。
お互いの生活時間、日本とアメリカでは時差もあり、中々連絡する事さえもおろそかになり、それでいて、別の愛を選べないふたりは固い絆で結ばれていた。

ひとまずは、ジュノの住む部屋にふたりは落ち着き、休む事にしていた。
いつもなら、ジュノは加奈子を迎えに出られる事は殆ど出来ない、仕事のスケジュールはそれほどきついものだった。
けれど、今回は、珍しいほど10日間もの休暇を取る事が出来た、確かに、無理にジュノが仕事のスケジュールを組み替えた事で叶った休暇だった。

ジュノの部屋に着いて、やっと、加奈子に、ジュノは、今回の休暇をすごす予定を話した。
成田から、ここに着くまでの間、加奈子は何度も今回の予定を聞いてきたが、ジュノは、悪戯っぽく
「部屋に着いてから、話してあげるから、楽しみに待っていて!」その答えを繰り返していた。
加奈子は手荷物を部屋に置いたまま、コーヒーを入れながら、又、聞いてきた。

「ね~、ジュノ、早く、話して!」
「気になって仕方ないのに、いつまで、待たせるつもり!」
そう言って、ジュノに予定を聞かせてとせがんだ。

加奈子から、コーヒーを受け取りながら、ジュノは、明日泊まるホテルのチケットを加奈子に手渡して!
「ふたりで、北穂高の滝谷のドームを登ろう!!!」
「君の夢だろう!滝谷のドーム!」

そう言って、加奈子に今まで、じらせて、言わずに苦しかった気持ちがジュノはいっぺんに解放された気がした。
加奈子は、震える手でチケットを受け取って、声も出せないほど、嬉しさで感動していた。
加奈子はどんなに望んでも、ジュノとふたりで、穂高に登れるとは思っていなかったし、ましてや、大好きで、夢でもある
「滝谷のドーム」

しかも、ジュノ自身からの計画を聞かされて、驚きと喜びで、言葉で表せないほどの感動だった。
アメリカで過ごした休暇では、良く、ヨセミテなどへふたりで、登山やロッククライミングに出かけたけれど、ジュノの住む、日本では、山ではなく、海での休暇が殆どだった。

ジュノには、心から消す事の出来ない苦しすぎる記憶が、穂高の山にはあったのだった。
あまりにも残酷な運命をジュノは抱えて37年を生きて来た。

その事を、加奈子は詳しくは知らないけれど、ジュノの家族を失った場所だと言う事はなぜか知っていたから、加奈子の望みである、穂高への登山を希望した事は一度も無かったし、日本で過ごす休暇では登山やロッククライミングなどは極力言葉にせず、避けるように気をつけていた事をジュノは知っていたし、そんな優しさ、心遣いをしてくれる加奈子の優しさに感謝していた。

今回のふたりが使う山の装備は、ジュノがすでに、上高地の「帝国ホテル」に送ってある、明日は、早い時間の「特急あずさ」で身軽に出かけられる。
出来れば、車を使いたいが、上高地までは、車で入れないので、列車を利用する事にした。

夏のおわりの北アルプス、穂高への登山道は、お盆が過ぎて二十日にもなると、気の早いナナカマドがちらほらと、色付き始めて、足早にやってくる、秋の気配を感じさせて、早朝の登山道を抜ける風は少し冷たさを感じた。

なんとなく、気だるかった気分がいつの間にか、ジュノと加奈子のふたりは、久しぶりに一緒に歩く、山の匂いに酔い、特に山やロッククライミングが大好きな、加奈子は大きく手を広げては、爽やかに冷えた空気を胸いっぱい吸い込んで、まるで大自然の中を踊るように、羽ばたくように楽しんでいた。
「梅雨明け十日」と言う言葉がある!」

夏山の登山の最盛期には、北アルプスでも、このルートは、いちばんの人気のコースである、涸沢カールをメインにして歩くコース。

夏山登山最盛期であれば、夜明け前から、人があふれるほどの賑わいが、わずか十日過ぎた今の時期は、まるで嘘ように、登山者もまばらで、穂高のメインコースの登山道であっても、出会い、すれちがう人も少なく、ましてや滝谷のドームを登っているのは、ジュノと加奈子のワンパーティだけのようで静かだった。

「オーケー、ジュノ、オーケーよ!」
心弾む加奈子の声が冷たい風にさえぎられながらも、途切れがちにかすかにジュノに聞えて来る。

登山のベストシーズンがはずれた、今の時期は、晴天率がかなり低いと言われている中で、幸運にも、昨日と今日は、まるでジュノと加奈子の心を自然が読み取って現しているような、雲ひとつない、透き通るような、青い空は、よりふたりの絆を深くして、ふたりを祝福するかのように、文句なしのクライミング日和だ!

ジュノは岩に手が触れ、一歩踏み出そうとした瞬間、不意に体じゅうのエネルギーが抜けてしまいそうに、昨夜、加奈子との愛し合った、あの時の喜びの感覚が、ジュノの体のすべてに伝わり来る、一瞬のうちに、駆け巡って、言葉に出来ないような幸福感と気だるさが共存した。

言葉で表現出来ない感覚の不思議さが伝わって来たような、強く、熱く、なにかがジュノの体に走った。
加奈子との愛を交わすとき、ジュノは、あの繊細さと大胆な行為!、加奈子という人間の本質的な部分が、わからなくなる。

時には加奈子の体全体からかもし出される、官能的過ぎるほどの魅力に酔わせてしまう、あい反した姿は私をまるで別人のように狂わせて、夢中にさせてしまう。
だが、日常の加奈子は、知的で、美しさを内に秘めた、控えめな気品を漂わせて、非の打ちどころも無く、女性としての内面の奥深さを魅せて、時として加奈子の発する言葉は音楽を奏でるような響きに似ていた。

(2)
今、加奈子は大好きな岩に触れられる事と、愛するジュノが一緒だから、声がうわずってしまうほどの嬉しさと幸福感に酔い、心が弾むようで、上機嫌だ!
ジュノと加奈子はアメリカの大学の時からの恋人同士、加奈子はアメリカ生まれの日本人だけれど今もアメリカで暮らしている。

才能と、知識豊かで、いわいる、誇りある弁護士として、アメリカでとても人気があり、信頼されて仕事をしている国際弁護士だ。
ジュノも又、名医として知られている外科医、日本のある有名私立大学病院で外科医として勤めている。

又、時間の許す限り、心療内科医として、池袋にある、ヒマラヤ杉医院で診療もしている、ジュノと加奈子は、お互い、とにかく、仕事がいそがしいから、やっと、一年に一度、ふたりが逢う為に、忙しさから逃げ出すように努力をして、時間をつくっていた。

そんな時、いつもお互いの甘えから、ちょっとした喧嘩にもなったりするが、それは、少しだけ趣味の違いがある事から起きる、じゃれあう言葉遊びのようなものだった。
ジュノはどちらかと言えば、暖かい場所、南の小さな島、あまり、人のいない、海岸のきれいな海が大好きだった。

そこで、スキューバーダイビングや、海のスポーツをして遊びたい!「誰にも邪魔されたくない、加奈子と過ごす時間が大事だった。」
山よりも海が好きになった事は、ジュノ自身も気づかない心の苦しみが無意識の内にジュノの中でつくられて行った、精神構造なのかもしれない!

だが、「加奈子は、とにかく、山が大好きだった」特に、ロッククライミングが、何より大好きだった。
両親の仕事の都合で、アメリカで生まれ育った加奈子は幼い頃から両親が登山やロッククライミングが好きな事もあり、ヨセミテやアリゾナなどで、クライミングを楽しんで成長した事で、加奈子はとにかく岩に触れる事が大好きなのだった。

けれど、加奈子はアメリカでの教育を受けた女性ではあるが・・・
『心からジュノを愛している加奈子は!』

最後はいつも、ジュノの希望する海のリゾート地を選び、快く決めては宿などの手配も、手早く済ませては、ジュノをいつも驚かせている。
ジュノは加奈子のそんな姿に深い愛を感じて、嬉しかった。

だが、今回の休暇はジュノが加奈子に内緒で決めて、加奈子が日本に着いた時、穂高へ加奈子を案内する事と、しかも、加奈子の憧れである、滝谷を登る事を伝えた時の加奈子の喜びようは、ジュノの想像をはるかに超えていた事が、ジュノは改めて、今までの加奈子のジュノへの愛情の深さを思い、その夜はジュノと加奈子の特別な夜にする為に、ジュノは密かに予約を入れていた。

上高地の帝国ホテルのスイートの部屋の静けさは少し、ベストシーズンを過ぎていた事もあり、ふたりを包み込んでしまうほどの静寂の時を保ち、お互いの鼓動を確かめられるほど、心がひとつになって、深く、深く、愛し合った。

そして今、ジュノと加奈子は、お互いを信じあえる、最高のパートナーとして、穂高の滝谷ドームの岩に触れている。
同じ頃、穂高、北尾根を挟んだ、岳沢に、一人の老人がじっと目を凝らして、吊尾根をみつめて、深いため息をつき、涙を流しながら、長い時間その場所を離れずにいた。
「そして、心の中で、叫ぶ!」
「友よ、君はまだ、僕を許してはくれないのだろうか?」

痛み続けるこの心と体に、今、岳沢を包む闇が足早に、もう何時間ここにいたのだろう、あの、忌まわしい、一瞬の出来事がまるで、幻だったかのように、静かに岳沢に闇が迫って来た。

忘れる事など出来ないあの場所、大切なふたりの変わり果てた姿は、今はないが、あの時抱き上げた、あの子の微かなぬくもりが、今もこの私の手に残っている。
あの忌まわしい事故から・・・
「二十六年の歳月が過ぎてしまった!」

黒い闇が迫る、吊尾根を見上げながら、大杉は深い、ため息とも、うめき声とも区別がつかない、苦しみから,のたうつような言葉を搾り出すような声で、まるで独り言のように、又友に語りかけるように、大杉のむにの親友だった、ここ岳沢に眠る『蒔枝伸一郎』に語りかけた。

「もう、これ以上、あの日、あの時を」「この胸の中に閉じ込めてはおけない!」
避けようのない、後悔を持ち続けて来た歳月、君の大切な家族をさがし続けていても、もう、私には、あまりにも、苦しく、辛すぎて、自分を責め続けては、生きて行く力もなく、この私に残された力と時間のすべてをかけて、君の大切な家族へ、本当の事をつたえる時が来たのだと思う。

「君の美しき魂の力を!」
「真実が伝わるように、僕に手助けをしてくれるね!」

君の愛する家族へ、君の美しき清らかなる魂が、きっと、私を導いてくれる事を願っているよ・・・
残酷な歳月は、人を狂わせて心を壊して、運命が導く魂の叫び、引き寄せられる運命、すぐそこに愛する人がいると、あの日美しき人は感じた
眼に見えぬ何かが一歩近づく、貴方の呼ぶ声を聴いたのだろうか

「イ・ジュノ」三十六歳、韓国国籍である、日本人、職業、外科医、そして、心療内科医でもある。

東京のある有名大学病院で外科医として勤務し、東池袋の小さな『ヒマラヤ杉医院』でボランティアで心療内科医をしている。
恋人はアメリカ在住の日本人、津下加奈子三十六歳がいる。

ジュノはあまりにも仕事が忙しくて、韓国ソウルに住む、育ての親である両親にも、もう、二年近く、会っていない、もちろん、電話などでは、お互い、近況報告のように、連絡はしているのだが・・・

ジュノと加奈子は穂高から戻り、加奈子は二日ほど、ジュノの部屋で過ごして、あわただしく、ロスへ帰ってから!
ジュノは「ただ、ひたすら、仕事に追われる毎日だ」

そしてひと月が過ぎた頃、池袋のヒマラヤ杉医院で『心療内科医』としての診療中に、ジュノの元に、ひとりの老婦人が、運ばれてきた。
池袋警察のなじみの刑事、田山がつれて来たが、老婦人を投げやりな態度で、いかにも、面倒そうに言った!
「どうも、不法滞在者の韓国人らしいのだが!かなり、危ない状態でね!」
「警察に、通報があって、引き取りに行ったが、動けずに、口もきけないでさあ~」と!
その、田山刑事のぞんざいな話しぶりが、ジュノには、いつもながら、すこし、嫌な気分になった。

池袋という街は、確かに、毎日が、雑多な事の繰り返し、似たような事で、田山刑事も、人間の優しさを持ち合わせていたとしても、日常の、このような、多くの出来事がぞんざいな言葉で、他人を傷つけてしまう事にも、心で気配りが出来るほどのゆとりさえない、日常を、ジュノも理解出来るが、ことさら、「どうも、韓国人」らしい、の一言が、ジュノの神経を逆なでする思いだった。

診察室のベットに寝かされている老婦人は、もう、自分では、体を動かす事さえも、不自由なほど、痩せ細り、いつ着替えたかも分からないほどの、季節はずれの夏の汚れた服装に、誰かが羽織ってあげたのか、ピンク色のショールを体に巻き付けるようにして、ベットに横たわっていた。

ジュノはまず、日本語で、言葉をかけてみる!
「お体の具合は、いかがですか?」「どうしましたか、どこが、痛みますか?」
だが、なんの、反応もしない、そして、韓国語と英語で、同じ事を、尋ねても、やはり、何の反応もしない、ただ、この部屋のすこし、高い位置にある、明かり取りの為の天窓から、見えている、わずかに色づいた木々が風に揺れている姿を見ているのだろうか・・・
声をかけている、ジュノの方ではなく、微かに見えている、ゆれる木々から、なぜか、眼を離そうとはしなかった。

田山刑事は、厄介者はジュノに、任せたとばかりに、さっさと消えていたが、どうも、最初に、警察に連れて行ったようで、その時の、調書のメモが、ジュノに渡されていた。

その中には、ある、古アパートの取り壊しが行われていた中のひと部屋に、この老婦人が、うずくまっていて、動けずにいるところを、田山刑事が、引き取りに行き、警察で、事情を聞こうとしても、何も話さず、今にも、倒れそうな状態に、困り果てて、ジュノのいるヒマラヤ杉医院へ運んで来たと言う事のようであった。

このような事は、今までに、何度もあり、その度に、医療費は何処からも払って貰えず、この、小さな医院で、半ば置き去りになったまま、亡くなってしまうことも度々ある。
言わば、経営が成り立つほどの診療所ではないが、心あるひとたちの援助で、細々と続けている、医療施設だった。
だから、ジュノも、ほとんど、ひと助けのような気持ちから、続けている心療内科医としての良心からだった。

(3)
ジュノの何度かの呼びかけに、老婦人は、やっと顔を動かし、ジュノをしばらくみつめていたようだったが、言葉を話せるほど、意識がはっきりしていないのだと、ジュノは、その場を離れようとした時、消え入るような、かぼそい声で、老婦人は言った!
 『ヒョンヌ』
確かに、そんな、ふうに、ジュノには、聞えた!
『ヒョンヌ』
この言葉!
ジュノには、ずーと昔、何処かで、幼かった頃なのか!確かに、聞き覚えのある言葉だった。
『ヒョンヌ』
だが、ジュノは、その言葉が、何を意味する事なのかが、分からない、いや、思い出せないと、言うべきなのだろう、そんな、複雑な心境におちいって、混乱しているジュノに、追い討ちをかけるように、この小さな医院のデスクの電話が、ジュノを呼び出した。
ジュノの記憶の奥深く閉じ込めていた、あの声が電話の向こうから聞えた。
『大杉という者だが、私を覚えているか?』と、忘れる事など出来ない、あの声がした。

幼かったあの頃貴方は優しかった
いつもふたりで競い合った暖かな背中を
消えかけた面影が美しき人を傷つける
あの幼かった妹に夢の中で手をつなぐ
今どこを彷徨うのか凍えてはいないだろうか

あの声を忘れない為に!いや、忘れようと思い努力した事もある、その混乱する苦しみの中の記憶に、ジュノはどれほど自分を痛めつけ、もがいた事か!

「やっと心の奥深く、閉じ込めていた、あの声!」
「二十六年の歳月」

十歳の子供だったジュノの運命を変えてしまった、突然の出来事と、二十六年の過ぎて行った日々がまるで、早回しする映像のように、幼かった日々とが折り重なるように、ぐるぐると、回りだしている。

あの声が、あの日に、あの場所の記憶がジュノの悲しみや怒りなのだろうか、思い出したくない気持ちとは、裏腹に現われて、身体中に響く、あの声がする!

『十歳の寛之としてのジュノが、そこにはいた。』

ジュノは、あの声にばかり気を取られて、混乱したのか、電話で何を話したのか、思い出せない!

だが、気がつくと、すでに電話は切れていた、そしてあの電話があった、数日が過ぎた日、突然、ソウルに住む父からの電話に、ジュノは、長い間、閉じ込めていた、疑問や不安が動き出す恐怖を感じて、全身を緊張させた。

「何かが動き出した」
「何かが起きている!」
「混乱と焦り、眼に見えない、恐怖感!」
「ジュノ自身を包み込んでしまいそうな、緊張感!」

何かにたとえようのない、ジュノの理性さえも奪ってしまいそうな、心の中で謀反をかきたてるものがいるような不安感であった。

「あす、母さんとそっちへ行くから、」
「会わせたい人がいるから」

そう話した父の様子からも、ジュノは、何かを感じ取った。
「ジュノは両親の待つホテルへ急いだ・・・」

ジュノはアメリカの医大を卒業して、研修医としてのスタートは東京だった、なぜ!、東京を選んだかは、はっきりとした意識は無かったけれど、心の奥底に、自分は日本人だという、思いがあったのかもしれない。

ジュノが東京で暮らすようになって十数年、両親は、意識的なのか、ジュノの部屋には、よほどの事がないかぎり、来る事がない、今回も、ホテルに部屋を取っていた。
ジュノはホテルの部屋の前で、なぜか、今まで感じたことのない、緊張感で胸が締め付けられそうな思いになりながらも、いつもと変わらない、明るい笑顔をつくり、ドアを開けた。

「その、瞬間!」

あまりにも、年老いた両親の姿に、ジュノは、かける言葉も無く、愕然とした思いで両親のまえに立った。

確かに、二年もの間、仕事の忙しさを口実に、ソウルの家に帰らずジュノ自身にも気づかない、養父母を避けたいという気持ちが働いていたのだろうか、だが、どんな言い訳をしたところで、今の両親をほおって置いた事は事実だった、ジュノは、申し訳ない気持ちで心が痛んだ。

部屋の奥に、すでに「会わせたい人」が来ていたようで、両親との挨拶もろくにせずに、なぜか、気まずい雰囲気で、ぎこちなく、父が・・・
『大杉さんを知っているね!』

そう言ってジュノに紹介するでもなく、会わせて、父は、次の言葉を選ぶように話し出した。

二十六年前のあの事故の時、誰よりも早く駆けつけてジュノを助けたのは
『大杉さんなのだよ!』

岳沢のあの場所へ、駆けつけて、ジュノを夜通し抱いて、必死で歩き、病院へ運んだ人は
『大杉さんなのだと!』

養父の言葉は、なぜか、伏し目がちに、苦しそうで、ジュノには、素直に受け止める事が出来なかった。
十歳の少年だった、あの時の、突然の出来事!

わずかな意識の中の記憶、途切れがちに聞える「山靴」の音なのだろうか、ジュノが不確かな意識の中で真っ赤な景色がうごめく記憶の中を走る。

『暗闇の中で泣き叫ぶ自分の声が聴こえる』
養父は、私が生きて、助かった事は、奇跡だった!
大杉さんのとっさの判断と行動がジュノの命を救った!

大杉さんの必死でジュノを助けたい思いが奇跡を起こしたと言う、養父の、その姿が何処となく、おどおどとしているように感じて見える。
そして、はっきりとした私、ジュノとしての意識や記憶があるのは!
『なぜか、日本ではなく!、ソウルでの生活だったのか!』
今の両親が私のそばにいる生活、欺瞞な心を隠した、幸せな笑顔の私がいる生活!
だけど、私には、幼かった頃の『蒔枝寛之』の本当の笑顔の記憶がはっきりとある、消す事の出来ない、記憶がある!

私は何処から来たのですか
私の命を誰が奪おうとしたのですか
今はじまる運命はもう誰にも換えられない
誰からも愛される美しき人は心の奥に
秘めた確かなる記憶あの山靴の音が
私の新たなる道しるべ愛に満ちた輝きの歩み
by hisa33712 | 2012-06-20 17:38 | 残酷な歳月・・・(小説)

カシャ、シャッター音が楽しい、古くて重いフイルム写真ですが私の宝物、記憶写真と眼の悪い私が今を映す感覚写真ですが観ていただければ嬉しいです、生きがいですから・・・


by hisa33712
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