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記憶のかけら、今だから・・・

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残酷な歳月・・・(小説)

(24)<直樹の姿>
直樹の美しい弓を射る姿は、ジュノの心に強烈な印象で、今までの、直樹に対する感じていたものとは、かなり違った。

ジュノは、弓道の経験がないけれど、だが、どこか、憧れるような思いや、興味は幼い頃から、持ち続けていたような気がする。

確かな記憶ではないが、実の父は幼い頃から弓道の修行をしていたと確か、大杉さんに聞いたような微かな記憶がある。

だが、実の父は、なぜか、そのような事を話す事はなかった、実家の事や自分の育った、岡山での事を意識的に避けるように!

その事は、ずーと後で知った事だったが、実の両親の結婚を、お互いの親の強い反対を押し切って、両親は結婚したが、どうしても、正式な結婚として、父の家でも、韓国の母の家でも、認めては貰えないままだった事!

今の直樹は弓道の指導者として、また、祖父母から受け継いだ、この家の多くの財産を管理しているのだと、ジュノ(寛之)に、大まかな、今の、蒔枝家の実情を直樹は話した。

直樹は、今、一番に、ジュノ(寛之)のお墓の事、そして何より、死亡届が出されている事を(後に分かった事だが、ジュノの出生届が出されていなかった)今、弁護士に相談して、おりますので、と、ジュノに説明して話してくれた!

だが、ジュノは、即座に!
「いや!その事は!」
『まだ!このままの状態にしておいてほしい!』
と、直樹に頼んだ!

確かに、ジュノの気持ちとしては、ひどく、ショックな事ではあるし、
『心が穏やかではいられない!』
『自分が死んだ人間にされている!』

今、新たに知った、実の父の苦しい胸のうちを!そして、父は、両親から、結婚と同時に勘当された!

だが、故郷を捨て、岡山の実家と疎遠になってしまっても、実の父はおそらく故郷を忘れられずに居たのかも知れない!そんないびつな感情が 子供たちに、父は、自分の故郷の事を話せなかったとしても!
『父は母との結婚を選択した!』

父と母の愛の深さを知った事が、ジュノは嬉かったし、感動を覚えて、幼かった日々を特別な思い出として、改めて心に刻んだ!

忙しい時間の中で、直樹は、ジュノに対して、心から接してくれている事がよくわかる、それが、ジュノには嬉しかった。

祖父母から直樹が引き継いだ、この家の仕事と蒔枝家は!
元々は、日本酒の醸造元であったが、まだ、祖父が存命の時に、蔵元を、信用のある人に経営権をゆずり、株主の一人として、今も直樹は経営を見守りながら、そして、岡山の市内に弓道場を持ち、直樹の、主な仕事は・・・

『弓道の指導者!』

としての仕事と、この蒔枝家の資産管理がどれほどの気苦労が多い事であろうことは、ジュノにも察せられる。
だが、直樹はそんな愚痴を言う事もないし、むしろ、責任の重さが、直樹を支えていると、気負いさえ、ジュノはかんじた。

この私を、なぜ、「死者として」大杉さんは、わざわざ岡山に帰郷して、事故から、一年も過ぎている時期に、祖父母に知らせたのかが、ジュノには、とても、気になる事だった。

その頃には、ジュノ(寛之)は、ソウルで、体も快復して、養父母と暮らしている事を知っていたはずの大杉さんの、この行動が、ジュノには、あまりにも、大きな疑問であり、不安が、つのる事であった。

そして、今なお、大杉さんは、意識的としか思えない、自ら、身を隠している事!

ジュノから、逃げるように、避け続けている理由を、どうしても知りたかった、その事を知った時こそ、妹の樹里の行方も分るのだろうと、思うのだった。

だが、ジュノには、考えもつかない、場所!
『ジュノの身近に!』
とても近いところに、樹里はいたのだった。

その事がわかり、ジュノが、樹里の存在を知る事は、まだ、長い苦しみの時間がジュノには必要な運命だった。

美しき人のそばで密かにみつめてる
今はただ大切な人の心を押し殺して
抑えきれないほどの苦しみは私だけでいい
大切な妹は彷徨いながら
私とのめぐり逢いを待ち続けて
うつろいの心と時を刻み続ける
父と母よいつかきっと叶うふたりの再会を祈っていて
にがい涙をかむ美しき人の願いはきっとが叶う


(25)
直樹は、ジュノにどうしても見て欲しい場所がたくさんある!祖父母から受け継いだ、蒔枝家が今、所有している物や、大切な蒔枝家の歴史や、伝える事の多さに、二十七年の歳月の重さを、今、改めて切なさと緊張感を覚え、ジュノ(寛之)の残酷な運命を思い、心が暗くなるけれど、そんな思いのすべてを!

『一本の矢にこめて、直樹は矢を射る!』

精神の集中、その事が、直樹の、平常心を保つ事のできる、唯一の方法だった!
今、『明かす事の出来ない、悲しみと苦しみの真実を隠して!』

真実を知った時のジュノ(寛之)の驚きと混乱する気持ちを考えると、直樹の心は、平常心を装いながらも、すぐそばにいる、ジュノへの背信行為のように思えて、ひどく心が痛く、辛かった。

それは、たとえ、ジュノ(寛之)への心遣いであったとしても、直樹は苦しかった!

無心に矢を射る直樹の姿は!
あまりにも、威厳と、輝き放つ魂を感じて!

ジュノは、これ以上近づいてはいけない!
そのような感情にかられて、ジュノの体がまるでその場所に固定されてしまったように、立ち、直樹の矢を射る姿を、息を止めるような思いで見ていた。

直樹は、立て続けに、十本の矢を射り、ようやく、ジュノが観ている事に気づいて、十メートルほどの距離を小走りして、ジュノに、近づいて来て・・・

「おはようございます」 
「良く、眠れましたでしょうか?」
と言葉をかけてきた。

その、走りよる、弓道胴衣姿の美しさが、まるで、若武者の絵姿のようで、ジュノは、昔、絵本か何かで見た、「牛若丸」のような、絵姿を見ているような、錯覚さえしてしまいそうな気がしていた。

そして、「直樹の眼が、涙で潤んでいたように、感じて、その表情の、透明感が、悲しげで美しく見えた!」

直樹の全身から伝わってくる、何かを、ジュノは理解出来ないままに、不思議な感情が、直樹に対して、申し訳なさと、わけのわからない密かな罪意識のような感情があることに戸惑う!

思わず、「直樹を抱きしめたいような、思いに駆られたことが、ジュノには、驚きと言葉に出来ない!
『清潔感のある欲望!』

とでも、表現しようか、そんな感情が同居していた。
直樹のかけてきた、言葉に、すぐには、答えられないほど、うろたえているジュノの心を、ひた隠して、ジュノは、「おはよう」と一言の挨拶をした。

ジュノの今までの人生の中で、出会ったことのない、情感!
この、気持ちを持て余すほど、整理出来ずに!
ジュノは、知らず、知らずに緊張していた。

しばらくは、ジュノの中で、突然、現われる、直樹の弓を射る姿に、心を乱されるが、それは、決して、不快なものではなく、むしろ、心地よい感覚でもあった!

今日の夕刻には、東京へ戻るジュノに、直樹は、ゼヒ!お見せしたい場所があるので、朝食の後、すぐに出かけましょうと、ジュノをせかせるように話して、準備を致しますので、お先に席を立たせてくださいと言って、直樹は、部屋を出て行った。

そして、今、はじめて会った老婦人が、ジュノの食事の世話をしてくれて、挨拶をして・・・

「直樹さまが幼い頃に、この家に来られた時から、お世話させていただいて、おりまして・・・」

今は、こちらの、離れに、住まわせて頂いております。乳母の「金崎ゆき」と言います。
『どうぞ、直樹さまを、お攻めにならないで下さいまし!』

何の認識もなく、唐突に言われた、この言葉が!
「直樹さまをせめるな!」
そんな言葉を、ジュノは、どう解釈すればよいのか・・・

朝の少し冷えた風が美しき人をつつむ
貴方を大切に思う心は紛れも無く真実
今、見せている偽りの行為が心の自由を奪う
いつかは真実に触れる美しき人の感じた想い
そっと抱きしめたいほど切ないこの心に戸惑いながら
少しずつ貴方に伝えたい言葉が消えていく
愛こそがすべてのはじまり運命のいたずら

(26)<蒔枝家の宝>
ジュノには、何の事なのか!
金崎ゆきと名乗る、ご婦人の、突然の申し出に、どう反応すればよいのか、返事のしようもなかった!

直樹の運転する、ランドクルーザーは、山道をぐんぐんと登り、ヒノキなのだろうか、道の両側を深い緑が少し暗い森に変わり、時には、怖いほどの黒味がかった木々が、何処までも、高くそびえたつ、太い樹木の放つエネルギーは、ジュノを緊張感で身震いするほどの感覚にする。

森や木の事に素人のジュノでさえ、明らかに、立派な樹木の森だと、わかった。
しばらく、右へ、左へ、と、ジュノの体は、否応なく揺らされて、もみくちゃにされながら、一時間は、車が走っただろうか、車道も、行き止まりになった場所で、直樹は・・・
「申しわけございませんが、ここから、もう少し、先まで、歩いてくださいますか!」と用意してきていた、歩きやすい、靴を、ジュノに渡した。

ジュノは、もう、ここまで来ているのだからと、直樹の言うがままに、靴を履き替えて、直樹の後に続いて歩いた。

穂高以来、山へは出かけていないし、仕事の忙しさや、今のジュノの置かれている状況では登山や岩登りなど、出かける心の余裕もなく、久しぶりの山歩きは、足や体にきつく、息苦しさを感じさせた。

ただ、直樹が、何も言わず、黙々と歩くだけが、ジュノには不可解な思いだったが!
ジュノは、直樹が、変に気を使い、話しかけてこない事が、かえって、心が落ち着き、ゆっくりと歩きながら、この二年の間に起きた、さまざまな事を思い起こしながら、まるで、映画の中の場面を早回しをして見ているような感覚になる。

ジュノの願いとはかけ離れた事ばかり起きた、いろいろな事の中で、実の父の故郷で、今、いい知れぬ幸せな気持ちを感じながら、さまざまな出来事を、繰り返し思い出していた。

山を歩く事は、穂高でのあのおぞましい事故を、そして、その後のジュノの人生が否応なくついてまわる事だ!

森から、無意識に受けるエネルギーとは、人の内なる思いのようなものが、繊細な感情となってよみがえる事なのだろうか・・・

山道を歩き出してから、どのくらいの時間が経っていたのか、ジュノは、不思議と、時計さえ見る気持ちにならず、歩いていた。

息苦しさの中でも、ふと、言葉に出来ない幸福感とでも言おうか、少しずつ、ジュノの気持ちを穏やかにしてくれている事いい!

少し先を歩いている、直樹が、振り返り、ジュノに、一言つたえた。
『もうすぐです、ほら!』
『あそこの木々が切れて明るい青空が見えている場所!』
『あの場所が見えますか!』

お疲れのところ、辛いでしょうけれど、もうちょっとですから、と、声をかけてきた。
どうやら、山の稜線が交差する、ひときわ明るい場所!、小さな峠に、何があるというのだろう!

初冬の冷える風が
美しき人の頬をなでる
足先が少しだけ痛み
未来を語るように
この不安と期待が
美しき人の心がはやる
君は何を望み
美しき人に伝える
森の精霊と幻と静寂
心の声で聴く真実

ジュノは山道を歩きながら、いつの事か思い出せない、夢を見ているような、錯覚に囚われる瞬間があった。
山への畏敬の念を、知らず、知らずに、感じてのことなのだろうか!

『着きました!』
直樹が笑顔でジュノに言った!

『おつかれさまでした!』
『ここが、どうしても観て頂きたい場所です!』
そこには、少しだけ開けた、木々の間をぬうように、二十メートルの高さがあるだろうか!

いや、もっと高いかもしれないが、まるで、槍の剣先のように!
とんがり状の大岩が天に向かって突き出たように、そこだけが森の中から、周りを光照らして、その姿はまるで
『大海原を照らす、灯台のように!』

天からの恵みの光が、樹林の海を輝かせている。
山道を下ばかり見ながら歩いていたので、近くで見上げた、その迫力にびっくりした!

あきらかに、まわりの樹林の中から、異質な力を放ちながら、聳え立つ、威厳を保ち、威風堂々とした岩峰の姿だった!

直樹が言った!、
『ゼヒ!この岩の上に登ってみてください!』

ジュノさんを、ここにお誘い出来た事の意味をわかって頂けると思いますので、と、言って、薦めてくれた。

大岩の片面は、きれ落ちた岸壁になっていて、覗き込むと、眼がくらむほどの高さだが、岩峰の半面をみて、一箇所だけ、登れると判断できる、階段状の溝がひとすじ!
それは、何か、期待と叡智のすべてを示す道のように!
岩の頂上まで続いていた。

ジュノは、直樹にすすめられるまま、岩に取り付いた。
岩に触る感触が、穂高以来の事で、少し緊張したが、それほどの危険を感じる事もなく、まるで、ジュノには慣れ親しんだ場所のように、岩のてっぺんに立って、思わず、息を呑み、歓声を上げてしまった。

明るい青空が照らす風景は、まるで、深緑の波がうねる、海原を見ているように、幾重にも連なる。
この風景の偉大さが、ジュノを圧倒して、迫り来る!
エネルギーを受けて、ジュノの血潮をたぎらせてくれる!

日本の樹林の森は、黒味がかった、濃い緑の味わい深い色あいで、ビロードの絨毯を敷き詰めたようにひかり輝き!
所々に赤や黄色のえのぐを染め、ちりばめて、描いたように!

秋の色が、この風景を際立つ、美しさは、なんと、表現しようか、しばし、言葉を失う世界がそこにはあった!

直樹は、明るく、今まで、ジュノに見せていた、どこか、緊張感のある表情から、すっきりとした笑顔が、とても、綺麗だった!

男性に対して、使う言葉ではないかもしれないが、とても、ハンサムと言うよりも、綺麗、「美しい」の表現が、似合う、美しさと上品さが、育ちの良さが、嫌味なく、こちらに伝わってくる!
『好青年』の姿だった。

岩の上に直樹とジュノが並んで座ると、もうあきスペースのない、狭い頂上だが、ジュノは、とても、気分が良かった。直樹は、静かな口調で
『ジュノさんに、この場所をどうしても、見て頂きたくて!』
お疲れだと知っていたのですが、ご無理していただきました。いかがですか、
『素晴らしい、場所でしょう!』

ここが、『蒔枝家の一番の美しい宝だと、私は思うのです』

そして、この場所から、見えている、ほとんどの山が、蒔枝家の所有の山なのです。
先祖代々、引き継がれている、とても、大切な財産なのです。
by hisa33712 | 2012-06-20 17:29 | 残酷な歳月・・・(小説)

カシャ、シャッター音が楽しい、古くて重いフイルム写真ですが私の宝物、記憶写真と眼の悪い私が今を映す感覚写真ですが観ていただければ嬉しいです、生きがいですから・・・


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