見えない眼が映すもの、記憶のかけら

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残酷な歳月・・・(小説)

あの日、穂高の稜線を急ぎ下山する私たち家族のあとを追いかけて来て、あの危険な場所で、何故・・・
「大杉さんは、父を突き落としたのか!あの、危険な、吊尾根の岩場から!」

私、ジュノは一瞬、体が、何かに触れたような気がしたが、そのあとの事の記憶が曖昧だけれど、ただ、不思議な感覚で今もよみがえる!
「山靴の音」

なにかを、蹴りながら歩く山靴の音か、それとも、ジュノ自身が岩に叩きつけられた時の音と、激しい耐え難い痛み!耳の奥で、ゆっくりと、なが~く、ひきのばされた音!
「梵鐘の音のように聴こえる、不思議さと恐怖!」

そして、誰か、私を呼ぶ声が聴こえて、体中がくだけてしまうような、引きちぎられてしまうような耐え難い痛さに、泣きながら気がつくと、養母が優しく声をかけてくる!
「もう大丈夫よ!もう怖くないのよ!」

と、そう言って、私の傍により添い、抱きしめてくれた。
十歳だった私はそんな事を何度もくりかえして、混乱の中で、知らず、知らずに「寛之」から「ジュノ」にかわって行った。
「幼き日の不確かな記憶!」

疑問と不安と恐怖が入り混じった、歪んだ記憶、あの頃、不思議な事に、ソウルの病院で、ジュノとしての確かな認識を持って行った。

最初は、十歳までの日々は、長い、なが~い、夢の中での事のように思いながら、ひとつ、ひとつの記憶をたどり、確信して、心の奥深くに、寛之としての『私』を閉じ込めて行った。
その悲しみと苦しみのすべてが、今、二十六年の歳月を、飛び越えるように、目の前にいる、この老人が! 『大杉、その人だと言う!』

ジュノは、体のすべてが粉々にくずれて行くような、一瞬にして、自分が何処かへ飛び散ってしまうような、恐怖感を覚えた。

どの位の時間が過ぎていたのだろうか、その場で、気を失っていたのだろうか、気がつくと、ジュノはひとり、養父母のいるホテルのベットで横になっていたのだ。

しばらくは、今、ジュノ自身がおかれている状況が理解出来なかった、ただ、ぼんやりとした気力が抜けたままで、暗い闇がジュノを包んでいたが、窓から差し込む、きらびやかな光、街あかりに、い
つの間にか、長い時間が過ぎて、夜である事を感じた。
養母が静かに部屋に入ってきた、すぐあとに養父の姿がつづいた。
「驚かせて、ごめんなさい!」

養母の、今までにみた事のない気丈な姿で、ジュノに語りかけた!!!



(4)
そして、養父が静かに、低い声で 「あまりにも突然に起きてしまった事、すべてを話す時期が来たようだね!」

そう言いながらも、次の言葉は、途切れがちで、辛く苦しそうな父の姿が何を意味するのだろうか。
ジュノを愛しているよいつまでも変わらずにね!私たちの大切な息子である事を忘れないでね!」
その事だけは、何があっても変わらない事だからね、と言って、養父母はまた、言葉が途切れた。
『ジュノのパパが、亡くなったのは、事故だったのだよ!』

ジュノは、あの時、とても、ひどい大怪我で、とても、助かるとは思えなかったほど、意識の無いひどい状態だった。
「本当に、貴方だけでも、生きていてくれた事!」

とても嬉しかったのよ、と、養母がまるで、養父を手助けするように、話して、ジュノを、又、抱きしめた。
確かに、ジュノには、実父とほとんど、同時にあの岩場から落ちた事は記憶にある!
『落ちて行く瞬間と言った方が正しい!』

養父母の話す事を待ちきれずに、ジュノは、まるで、問いただすように聞いた!
『ママはどうしたの!』『樹里はなぜ、ここにいないの!』

立て続けにジュノは訊いた!
その時のジュノはまるで、幼児の寛之に戻ってしまったような気持ちになっていた。
心の奥深く閉じ込めていた、悲しみが、まるで、ジュノの体から、爆発するような感覚が襲ってくる!

抑えようの無い、激情する悲しみと怒りで、理性ある、日頃のジュノの姿は、そこにはなかった。
養父母も、何を問われても、もはや話を続ける事が、あまりにも辛すぎて、しばらく、黙ったままだった。

重い、沈黙が続いたあとに、養母が口を開いた!
『ママにはね、ジュノは、最近、お逢いしているのよ!』
田山刑事さんが、お連れした方が、
『ジュノと樹里ちゃんのママなの!』

樹里ちゃんは!と言って、養母は、言葉を詰まらせて、思わず、すすり泣きして、すこし、落ちついたのか!
『樹里ちゃんは、今も行方が分からないままなのよ!』

と、養母はやはり、今までに、ジュノに見せた事のない、気丈さを、取り戻して、話し続けた。
二十六年前、事故が起きた、穂高、吊尾根の岩場から、母と妹が行方不明になり、つい最近まで、大杉さんがさがし続けて来たのだとジュノにはなした。

そして、最近やっと、母の居所がわかり、大杉さんが訪ねた時に、不法滞在者として、警察へ連れて行かれる時だったそうなの・・・
どうすれば、一番、良い事なのかを、考えていた時の出来事だったと、養母は説明して、次の言葉が続かなかった。

その場にいる事さえ、辛いようで、隣の部屋へ、養母には、あまりにも、辛すぎる、現実を話す事で、疲れきってしまったのだろう。
ジュノは、今、何をすれば良いのか、ジュノは自分の気持ちさえ、混乱して何も思いつかないし、養養父母の話す事など、理解出来ないし、分かろうとも思わなかった。

あの、意識すら、はっきりとしないほど、変わり果てた老婦人が、『母なのだと、今、告げられても!』
信じられない思いのまま、母だと、いわれる、老婦人のいる場所「ヒマラヤ杉医院へ」ジュノは無意識に体が動いて、あの老婦人のもとへ急いだ!

何故今までこの私を、母の面影が責める
放浪の日々が私を壊して行く
誰も私を知らない闇の中で優しさを捨てて
私は誰になっていたのか母を思う記憶
ただ悲しみの歳月が叫び続けた美しき人

都心のホテルから、東池袋にある小さな医療施設『ヒマラヤ杉医院へ!』ジュノは急いだ。
入院施設もあるのであの老婦人は、あの日から入院しているはずだ。

「あの老婦人が、私の実の母だと言うのだ!」
そして、確かに聞き覚えのある
『ヒョンヌ』『あのわずかな記憶の中にある言葉!』

ジュノは車を走らせながらも、自分は何処へ向かっているのか、動揺する心と精神を辛うじて、何とか落ち着かせて、今、向かおうとしている、母のいる「ヒマラヤ杉医院」の場所さえも、忘れてしまうほど、混乱して、分らなくなる瞬間があった。

あわてて、ああ~あの場所へ、行くところだったのだと、思い返して!車を走らせた。
幸いにも日常の暮らしが体にうえつけている事なのだろう、気がつくと、「ヒマラヤ杉医院」ジュノのもうひとつの医師として、仕事をしている場所へ、ジュノは無意識のうちに着いていた。

今の母がすでに心配して、連絡を入れていたのだろう、看護師の多々良さんが玄関でジュノを待っていた。
たぶん、養母はある程度の事情を、この多々良さんに話してくれたようで、すぐさま、あの老婦人の部屋へ、ふたりは急ぎ足で歩いた。

多々良さんは五十代のすこしかっぷくの良い女性看護師、実質的にはここの副院長のような立場で、ここでのすべての実務的な事を取り仕切り、運営させている、仕事の出来る人で、ジュノがとても頼りにしている人物だ。

ジュノよりも前からいる、おそらく、ここの、創立者の一人だと聞いたことがある。
ジュノは何も言わずとも、老婦人は服装を清潔な物に着替えさせてくれていた。
何処となく、生まれ持った、品のよさを感じられる、ジュノの母だという、このご婦人がベットに横たわる姿はあまりにも小さくて、やせ細っている。

体は動かなくても、あの時とは別人のように、たった三日前に会った姿ではなかった。
「もう、ほとんど、眠ったままの状態なのです!」

と、多々良さんは老婦人の病状の説明をして、もう、点滴もからだに入って行かないほど衰弱が激しくて、呼吸さえも途切れがちで危険な状態だと話した。

ジュノはあの時とは違う、とても、穏やかな表情をしているこの老婦人みて、心の中で、やはり、貴方は、『ママだったのですね!』 と、もう、意識すらない、眠ったままで、身動きひとつ、出来ない、この老婦人の手に静かにそっと触れた。

少しずつ触れている感触は、幼かった頃の明るくて、美しい声で唄うあの歌声が、ジュノの体のすべてに次々と、あふれるようにつたわってきた。
母は韓国からの留学生で、父の勤めていた東大病院の近くの教会で、聖歌隊で歌い、指導的な立場だったような、ジュノは、幼かった頃の思い出がいくつもあった。

母の美しさを思いだしながら、今、眼の前に、あまりにも、変わり果てた母の姿が、表現の出来ないほどの、悲しみ、悔しさ、苦しみ、愛おしく、切なくて、ジュノの感情は、めちゃくちゃな、混乱と不思議なまでに、穏やかな感情になる瞬間があった。

「ジュノはただ、今、なすがまま、されるがままに力もなく、すべてを受け入れて、母のそばにいた!」

ふと、思い出したように、母の耳元で「ヒョンヌ」と誰かを呼ぶように言ってみた!
すると、気のせいか、すこし、母の表情が変わった気がした。
又、ジュノは母の耳に直接!私の唇が母の耳に触れる!
『ヒョンヌ 、ヒョンヌ』

と母に呼びかけるように言った。
ほとんど、母の顔色は、生気がなく、苦しさも力なく息をしていた。
ジュノの呼びかけで、微かに、母は微笑んだような気がした。
何度か、「ヒョンヌ!」と、母に呼びかけている内に、突然、思い出した!

『ヒョンヌとは、父の愛称、母だけが呼ぶ!』
『父への愛情表現の言葉だったのだ!』

母はその事を、たとえ、自分自身が壊れ、見失っても、忘れない父への愛情の深さだったのだろう。
その事に気づいたジュノは、ただ、言葉もなく
「涙が流れて、悲しかったし、嬉しかった」

その次の日まで、母に、ジュノは「ヒョンヌ」の言葉と共に、家族全員の名を母の耳元で、何度も、何度も、呼び続けていたが、
「母は微かに残された力でジュノの手を握ってくれた」
精一杯の力で、ジュノにつたえようとしたのでしょう。

わずかだか、ジュノには、母がすべてあの、美しかった母に戻ってくれてジュノの手を握り締めたのだと思えるのだった。
母は次の日まで眠り続けて、ジュノの今の両親とも言葉を交わす事もなく、お別れをしたが、そのすぐあとに、静かに、美しい表情のまま、父のもとへ、旅立って行った。

長い旅を終えた母の安らぎのほほえみ
美しき人の心だけに伝わる残酷な時のながさ
花の道は何処までもつづく母の愛の深さ
美しく優しく心穏やかに美しき人に語りかけた
愛の物語をきっと伝えるいつか又めぐり逢える約束の願い

(5)
残酷なまでに過ぎて行く、現実、ジュノは何処かで、自分の身に起きた事として、受け止めてはいるが、この数日の混乱する精神をどう切り抜けたのだろう。

実母の葬儀は、養父母がジュノを助けて、日本の葬儀社にお願いして、火葬にしたが、参列者のいない、寂しい式だった。

ジュノは、とても、憔悴しきった状態で、養父母の指示に従って、ソウルへもどった、養父母と共に実母の遺骨を胸に、二年ぶりの韓国への帰国だった。

あのホテルでの、大杉さんとの会話も、今の両親の話も、ヒマラヤ杉医院での、実母の死と、立て続けに起きた事、ジュノには、まるで、スローモーションの映像が何度となく、無理やり見せられている、拷問のような辛さを感じて、又、説明の出来ない、怒りと悲しみや不安が襲い、時々、体中がまるでなにかに締め付けられているような、もがき、苦しめば、苦しむほど、見えない束縛に縛り付けられて、身動きの取れないような、感覚に襲われていた。

疲れきった体は、いつの間にか、浅い眠りに入っては、突然、底知れぬ闇の中で、私を何処かへ、排除しようとする手を、払いのけても、払いのけても、ジュノを掴もうとする!
強烈な香りと、名の知れぬ花のにおいがして、ジュノの手に触れる柔らかで、あたたかで、懐かしい何かに触れた瞬間に消えてしまう恐怖が幾度もジュノに襲い掛かって来る。

そんな浅い夢の中で、幼かった寛之の姿なのか、誰なのか、わからない大人の姿が、ジュノ自身の歪んだ姿で、現われて、パパの顔が血に染まって、ジュノを呼び、苦しさと恐怖で、身動きの出来ないジュノ!
叫ぶ声は遠すぎて、ジュノに届かない、ゆがんだ顔、あの顔は誰!あの、おそろしい顔は父なのか、大杉さんなのか!
『あの吊尾根の岩場が、父と共に、崩れ落ちて行く!』

あまりにも、恐ろしくて、うずくまる、ジュノ自身の白装束の姿で横たわる暗闇の中でひとり、ジュノ自身がいるような、見知らぬ誰かなのか?
急ぎ足で歩く、誰かの姿を見ている私がいて、驚きと恐怖で、泣いている声がして、目覚め、何度となく、繰り返し同じ夢を、見ていた!

ジュノがソウルに戻ってから、何日が過ぎたのだろう、養父母は、ジュノを気遣いながらも、亡くなった、母の事、とても、大切な話だから、聞いて欲しいと話しかける!
ジュノには、とても辛い事だけれど、聴いてほしいの!と、実の母の置かれていた立場を、養父母は話し始めた。

今の父韓国人、実の父と大杉さんは日本人で三人は、東京大学で学友だった事、実の母と、今の母は韓国で幼馴染みで、姉妹のように、育った仲であった事!
母は、声楽を学ぶ為に、日本へ留学して、父と知り合い、結婚したが、父と母の両方の家の強い反対により、『正式な結婚が出来なかった事!』

韓国での母の実家は、とても、信仰心のあつい、キリスト教徒で、表立って活動する政治家ではなかったが、多くの面で影響力のある実力者であったけれど、ベトナム戦争への韓国がアメリカに追随して参戦する事を徹底して、反戦運動をした事で、一族が、すべての活動や生活の面など、当時は、政情がとても不安定で、ある部分では、「独裁的政治の時代」

そんな、当時の政府から『軟禁状態』で常に、ジュノの母方の祖父母は監視されていた、不自由で、難しい立場にいた人たちだった!
ジュノの実母も、韓国へ、帰国すれば、同じ事になっていたのだと、養父母は話した。
韓国の祖父母は、誰にも知らされず秘密裏に、一時期は、投獄された時期もあり、今は、韓国でジュノの実母の親族のほとんどの方が行方がわからないか、亡くなっている事さえ、確かめる事が出来ない!

今、ジュノの実母の一族の墓所が、何処にあるのか、分からないし、捜す事も出来ない状況なので、ジュノの母の遺骨をどうする事が良いのか、考えてほしいと、話して、今の両親の心情もかなり、辛く、苦しいことが、分かってはいるつもりだが、ジュノは、長くアメリカや日本での生活で、理解出来ない思いと、ジュノは何もかもが嫌で、聞きたくない、受入れる事が出来ない、何も、分かりたくない!そんな、気持ちが強く、ジュノは無気力だった。

母は、声楽の勉強と共に、日本でのもうひとつの、役割もあった、むしろ、こちらの役割が母には、一番大切な事だったと!養父母が話した。

在日の方々が父と母(ジュノの祖父母)の韓国での反戦運動へ、深い理解をしてくださる、支援者の方々とのパイプ役でもあった実母の役割が重要で、その為に、事故のあと、韓国での政情が大きく変化し、韓国での祖父母や実母の立場が難しく、危険な状況になってしまい、祖父母のすべての活動を秘密警察に監視されていた。

その為に、穂高での事故の後、母は、すぐに、韓国へ帰国する事が出来なかったのかも知れないと、話した、養父母の、なんとなく、言葉の裏に隠された事!養父母の真っ正直な人間の生き方から、感じてしまう罪意識のような邪心を抱いてしまう、今、ジュノにはあかせない、隠された真実があるような思いが、ジュノは、無意識の中で感じていた。

養父母の提案で、ソウル郊外にある、公園墓地を母の眠る場所を決めて、韓国での母の葬儀を行なったが、やはり、参列者もなく、寂しいお葬式だった。
ジュノは眼に見えない魔物によって、「なぶりもの」にされているような錯覚さえ感じていた、やがて、そんなわけもなく、心痛む感情や焦燥感さえ無くした!

そのあとのジュノはまるで、ただ、自室にこもり、ぼんやりと過ごして、凛とした、外科医のジュノの姿はどこを捜してもなく!正気を無くした廃人のように、ただ、ベットに横たわり時が過ぎて行った!
あの、明るく、エネルギッシュに活躍する姿など、何処をさがしてもない、眼もうつろで、ただ、ぼんやりと、もう、誰の言葉も聞こうとせず、誰も受入れられない、呼吸しているだけの肉体がそこにある、そんなの日々だった。

心配のあまり、アメリカでの仕事をすべて投げ打って、かけつけた、加奈子の姿さえ、疎ましく、ジュノの部屋に入る事さえ、拒み、加奈子を戸惑わせて、悲しませた。
そんな日々が続いたある日、養母の弾くピアノの調べに、ジュノは、ただ、涙が流れて、まるで、幼児のように、声を上げて、泣いた。

だれもが私を忘れて置き去りにした孤独
すべてが虚しくてこの心が何も語らず
愛さえも拒む美しき人は何を必要とするのか
悪魔が私の心を支配するただうつろにすごす今
心を取り戻す美しき人の強さを信じてただ待っています

すべての感情も感覚も麻痺して、ジュノは時の歩みさえ、止まってしまっているように、音のない、よどんだ空気の中で、辛うじて、呼吸していた。
締め切った部屋は、朝なのか、夕暮れの闇が訪れているのか、なにひとつ、考えることも、体に感じることの辛さをすべて、拒否している。

『自らの命さえも、拒否してしまいたい衝動にかられた。』

だがその事さえ、いつの間にか、ジュノの思考から消えていて、すべてが、虚しく、呼吸する事さえ辛く感じた。
ジュノは誰とも会わず、ただ、空虚さから抜け出せずにいる事がむしろ楽に思えた。
もう、どのくらいの時が過ぎていたのだろう、眼だけが時折何かを求めて動く、幻がジュノを誘うように!だが、ジュノは気づかぬ、ジュノ自身の中で充溢した、全身のエネルギーと血が動き出している事を!

何も見えない、現実から逃避しても、生きた若き肉体はジュノの意志とは相反した力が宿る!
少しずつ、ジュノが持つ潜在能力が内面の細胞が動かし、虚しさを取り除く!
それは、長い時をかけて刻み続けた、ジュノの中にある
「見えざる、魂の叫び!」

そんな時に、感じた、心が揺れる思い!養母が奏でるピアノの調べに、いつの間にか、ジュノは、すこしずつ、すこしずつ、心が揺れ動いている自分に気づいた時、たとえようのない、悲しみが、まるで、津波が襲い掛かるように、ジュノを包んで、子供のように泣き叫ぶように、泣いた。
『ジュノ自身ではとめようのない、悲しみと怒りの感情が、襲う!』

母が静かに、ジュノのそばに来て、ジュノを、幼児を抱きしめるように、ただ静かに抱きしめながら、そして、すこしでも、食べましょうと、幼児に話しかけるように、用意していた、「あわ粥」をジュノの手を取り、わたした。
ジュノは、いつの頃からか、病み上がりには、あわ粥を好んで食べるようになっていた事を養母は忘れずにいてくれたのだ。

もう、両親とは十八年も離れて暮らしていて、ジュノ自身もその事を忘れていた事なのに、十歳の時のあの事故で、生死の境を彷徨い、意識が戻った時には、すでに、今の両親が、父と母として、ジュノのそばに接していたので、混乱の中で、ジュノはその事を受け入れなくてはならず、子供ながらも実の両親の事は、聞いてはいけない事なのだと、思うようになって行った。
父と母は、とても優しく、『時にはぎこちないほどの愛情表現を』 ジュノに注いで、その事がジュノは息苦しく感じながらも、精一杯の明るさと笑顔で、交わす事をいつ頃からか、うまくなっていった。
母は、ジュノがすこしでも、食事が出来た事が嬉しかったようだ、長く、締め切ったこの部屋のよどんだ空気を入れ替えて、ジュノが少しでも現実を受入れる事が出来るように、今の母の細やかな心遣いが、自然な振る舞いとして、現われていた。


(6)
静かに、窓のカーテンをあけ、外の光を、ジュノに感じ取ってほしくて 「すこし、窓を開けてもいいわね!」 と言ったあと、「先ほどのピアノの曲、覚えていますか?」とたずねた。

確かに、ジュノには、いつの頃からか、ソウルのこの家にいる時に、良く聴いていた曲で、実の母が好んで弾いていた曲で、今の母も、演奏して聴かせてくれた曲だった。
「ショパンのノクターン」だった。

時には、ジュノは、今の母の弾く、この曲を聴くことが辛かくて、怒りさえ感じた事もある、『偽りの愛と心で、この母の奏でる調べは、矛盾に満ちた音楽!』なぜ、僕にあてつけるように弾くのだろうかと!「胸が痛くなった事もある!」だが、今、養母は、ジュノが思ってもいなかったことをつげた!
「ジュノがいつか、本当のお母様にお会い出来た時の為に!」
「その時まで、忘れないでいてほしいから!」

辛い事かもしれないと、思いながらも、ジュノに聴いてほしくて、覚えていてほしくて、あの曲を弾いていたのだと、話した。
母は、今までの、気丈な姿ではなく、ただ泣き崩れるような、悲しみの姿だった、この母の姿を見て、ジュノの中で、何かが、変わって行った気がした。

自分だけが、悲しくて、辛いのではないのだと、今の両親の、苦しみと、悲しみもまた、ジュノと同じように、いつかは、現実を受け止める事を覚悟して、私を実の子供として愛情を一心に注ぎ、育てながらも「何故!」の疑問を突きつけられることを覚悟した!

父と母の、あのぎこちないほどの愛情表現で、ジュノへの親子としての絆をむすびたかった!
養父母の辛すぎるあの頃の姿を思い出した。
だが、ジュノは偽りの親子として、義務のように、必要な距離間を持ち、誰でもが理解できる理性ある息子としての役を演じて接していた自分の心の狭さを、今、改まって、ジュノは思い出していた、
混乱する思いの中で!

あの、お互いのぎこちなさが、時としてジュノをたまらなく、いらだたせた、十代の頃の抑えようのない、反抗心が、理由もなく、養父母を傷つけた、心のひずみを、つねに感じては、ただ、この家を離れたくて、アメリカへの留学を一方的に決めて、事後承諾させてしまっても、ただ、両親は、寂しさを隠しながら・・・ 
『いつも君を愛しているよ、と父は、ひと言!』
『私たちの大切な息子だと言うことを忘れないで、と涙顔の母』

ふたりの切ないほどの寂しさを隠して、言った、困った時には、いつでも、連絡するのよと、一言伝えるだけの精一杯の愛情表現で!自分たちの感情を、押し隠して、アメリカへ送り出してくれた。
あの日から十八年の歳月を、私は、両親に対して、本当の心を見せたことがあっただろうか・・・
どこかで、裏切り続けてはいなかっただろうか!

どこかで、疑問と不信をいだきながら、欺瞞に満ちた笑顔と明るさを、誰に対しても、私の大人としての振る舞いなのだと自分に言いきかせて、自分の本心を隠していたジュノの青春の日々!!!

私の笑顔が大好きだと抱きしめる母のぬくもり
ぎこちないまでに幼さを演じた愛を得る為
うすっぺらな仕草これ以上のうそを演じる事など
偽りの愛情と矛盾を美しき人の心が許さない
すべてのはじまりはただ愛がほしくて
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by hisa33712 | 2012-06-20 17:37 | 残酷な歳月・・・(小説)

カシャ、シャッター音が楽しい、古くて重いフイルム写真ですが私の宝物、記憶写真と眼の悪い私が今を映す感覚写真ですが観ていただければ嬉しいです、生きがいですから・・・


by hisa33712
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